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降谷零の日常が知れる!?『ゼロの日常』読めば読むほど零くんのことがわからなくなる

こんにちは、モエコです。タイトルの通りゼロの日常で零くんの生活が明かされているはずなのに逆にどんどんわからなくなっていくという現象が起こっています。

ゼロの日常とは…
『名探偵コナン』にて安室透・バーボン・降谷零の3つの顔を持つトリプルフェイスの人気キャラクターを主人公としたスピンオフ作品


世間一般では「安室透」が浸透しておりますが、ここでは「降谷零」として彼を扱いたいと思います。

彼の内面について、明確に言葉で描かれていることは多くありません。

彼の役割(安室透、バーボン、降谷零)、組織で大切な仲間を殺されたことから赤井秀一を憎んでいること、命に代えても守らなければならないものがあると使命を持っていること。

私たちは彼の行動から彼の内面を推し量ることしかできないのですが、トリプルフェイスどころか100の顔を演じてみせることもできるのにとの言葉通り、原作と純黒の悪夢とゼロの執行人とゼロの日常で見せる姿が違いすぎて、見れば見るほど零くんのことが分からなくなっている自分がいます。

原作・純黒の悪夢における降谷零

原作では彼の「公安警察」としての場面はまだほとんどない、どちらかといえばずっと怪しい青年でした。(バーボンとしてコナンくんたちを怖がらせないといけないので)

ただ、そもそも彼が公安警察であるということが露呈したのは子どもの「ゼロー!」という声に不自然に反応してしまったことです。

それ以外にも、直近のサンデーでは人の発言を聞いて突然過去の記憶がフラッシュバックしたりと情緒不安定なのでは…という様子が伺えます。

純黒の悪夢でもバーボンとして組織に潜入している身なのに警察庁でキュラソーを待ち構えさらに取り逃がすという命取りof命取りなことをやってしまうし、ジンたちがすぐそこまで来てるぞという場面で赤井さんに殴りかかるという、

「いやお前らそんなことしてる場合じゃないだろ」大賞を総ナメしそうな行動を平気で(?)行いますよね。

(※そもそもこの時点で赤井さんは死んでいる設定なのに組織のメンバーの前にド派手なマスタングと思いっきり素顔で現れるあたり赤井さんも狂ってる)

ゼロの執行人における降谷零

情緒不安定さの垣間見える原作、幼くも見える純黒の悪夢とはうってかわって日本を守るためなら違法捜査も厭わない公安警察としての降谷零が徹底的に描かれています。

ゼロの執行人でも「防犯カメラに映ったら組織に見つかるかもしれないのに大丈夫なのか」とか「どこで学んだんだあんなドライブテクニック!?」という破天荒さはあるものの、秘密裏に動く姿は常に冷静でヒーロー然としていたように思います。

クールでカッコいい、なのに最後はアツいというギャップ。

なるほどみんな安室の女になるわけです。

ところでこれは個人的な話ですがゼロの執行人は降谷零の話なので本当は「降谷の女」が正しいと思っています。

ただ毎回名前が違うとオタクでない層に浸透しにくくなってしまうのでマーケティング的に仕方のない部分もあるのでしょうね。

「降谷」ハンコがバカ売れしたこともあり、「降谷」の認知度も上がっては来ていると感じます。

ゼロの日常における降谷零

純黒の悪夢、ゼロの執行人と劇場版での活躍を経てあまりの人気ぶりにスピンオフ企画が立ち上がる、それがゼロの日常です。

連載が始まるという告知の際には青山剛昌先生完全監修ということがこれでもかというくらい強調されていました。

つまり公式からの「これは公式だからな!!!」という強いメッセージだと受け取っています。

(ゼロの日常の作画を担当している新井先生に変な文句がいかないよう予防線を張ったのもあるかもしれないですね 深読みしすぎかな)

ゼロの日常では今まで実態が分からなかった降谷零の姿が描かれるわけですが、

赤井秀一の写真を常に持って憎しみを忘れないようにしたり

スコッチ、松田、萩原、伊達という警察学校の仲間の写真をコッソリ見て眠れない夜を過ごしたり

捨て犬に自分の境遇を重ねたり

やっぱり苦しいんだ…大変なんだ…とこちらを揺さぶってくるかと思いきや

・ベルモットと行った高級レストランで趣味の料理のことを考えたり

・料理を作りすぎて風見に差し入れしたり

・みどりさんを助手席に乗せて鬼畜ドラテクを街中で披露したり

・カレーの食べ方のこだわりを語りまくったり

・ポアロに魚料理がないねという話になればわざわざ釣りに行ったり

もはやギャグ漫画なのでは…?とすら思える行動ばかりなんですよね。凄すぎて一周回ってギャグ。そういえばゼロの執行人を初めて劇場で見た時はめっちゃくちゃ爆笑しましたね(笑)

そして10月10日発売のサンデーで釣りをしている最中、美しい朝焼けを見ながら思い出すのはスコッチとの幼き頃の思い出。

ゼロの執行人で、「電話ボックスから朝日を見てホッとしているシーン」がありますが、彼にとって朝日は希望、そして平和の象徴なんでしょうね。

スコッチを殺した赤井を憎んでいるけど、スコッチと過ごした日々を穏やかに思い出すこともできるわけです。

降谷零がどんな人生を生きてきて、どんな風に価値観を形成し、そして今何を思っているのか、明確な答えはまだ明らかになっていないし、これからも明らかにされない部分は多いのでしょう。

ただ言えるのは、きっと究極のマイペースで究極のポジティブということ。

陰を陽に、マイナスをプラスに変えられる そんな男であるということ。

零くんのことはとても好きなので、ゼロの執行人のブルーレイはたくさん見るし4DXも観に行くし原作もゼロの日常もこれからも応援してます^^

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